社会不適合の人生ひとやすみ

社会不適合な27歳女がマイペースに生きる方法を模索しています。

怒涛の小学5年生

みなさん、こんにちは。

 

いつもはPCで記事を書いているのですが

スマホで出先でも書けないものかと考え

この記事はスマホで書いております…

 

人生の棚卸し

簡単に始めてみたものの

なかなか骨の折れる作業ですね。

 

普段のおとうふちゃんは色々と

諦めてしまいがちなので

今回はめげずに続けたいと思ってます。

 

 

さてさておとうふちゃん

小学校5年生になり転機を迎えます。

 

前回のお話はこちら↓↓

otoufu-mental.hatenablog.jp

 

 

転校生になる

実家のマンションの買い替えのために

市内ですが引越しをしました。

 

そのため、小学校5年生の始まりに

転校生になります。

 

ちょっと憧れを抱いていた転校生という

立場になり浮かれるおとうふちゃん。

 

しかし転校先の学校は

1学年1クラスの小規模の学校。

5年間同じクラスで仲良く過ごしていた中に

入っていくことは、思ったよりハードルが高かった。

 

すぐに嫌になりました←

 

思い出は美化される

前の学校が良かったと我儘を言い始めます。

 

前の学校でも散々トラブルを起こしていたのに

楽しかった思い出だけが残るんですよね。

 

全く都合が良いったらありゃしない。

 

しかしそんな我儘通用しません。

そこでおとうふちゃんはバカな頭で考えます。

 

「いじめられていることにしよう!」

 

もう本当に、救いようのないバカですね←

 

偽装工作

いじめられていることにするための偽装工作として

自分に対する誹謗中傷のメモをたくさん作って、ばらまきます。

 

まぁ、誰かに見つかる前に

先生たちに片付けられてしまうのですが。笑

 

自分の悪口を自分で書く。

色々な内容で。

心の自傷行為ですね。

 

それだけ、自分に対するコンプレックスが強く

自分で自分を認めてあげることが出来ませんでした。

 

この頃から希死念慮が出てきて

お母さんに「産まないで欲しかった」とか

「死んでやる」など言い始めます。

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おばあちゃんの死

5年生も終わりに向かう頃

母方のおばあちゃんが病死します。

 

小2の頭痛で田舎からお世話しにきてくれた

おばあちゃんです。

 

おばあちゃんは病気の発覚から

たったの1年で亡くなりました。

 

当時は深く考えていませんでしたが

母の立場になって今考えてみると

とてつもないショックな出来事です。

 

去年まで元気だった人が亡くなっているなんて。

自分の母がもし…と考えると恐ろしいです。

 

おばあちゃんは無菌室に入院していたので

子どもは面会できません。

 

せっせと手紙を書いて、文通していました。

 

当時もそれなりにショックを受けたのですが

子どもなりにだったのであまり覚えていません。

 

「これがきっかけに死にたいとか言わなくなるといいけど…」

母はそう思っていたみたいですが

その後更に希死念慮は酷くなります。

 

不登校を決め込む

小学校5年生の冬休み明け

おばあちゃんの葬儀等が終わり学校が始まる頃

 

「もう学校には行かない」

 

そう母親に宣言して引きこもり始めます。

 

今になってはもう、何が嫌だったのかわかりません。

不登校になってお母さんの気を引きたかったのかもしれません。

心配してほしい、自分を見て欲しい。

 

こうしておとうふちゃんの

不登校生活始まります。

 

続く…